電網郊外散歩道

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妻の葬儀が終わった〜病気の経過と在宅療養について喪主挨拶

妻の葬儀が終わる〜雪は予想外に少なかった

先日、亡くなった妻の葬儀が終わりました。納棺通夜、出棺と火葬、葬儀、告別式と、とどこおりなく終了することができ、ほっとしております。告別式には思いがけなく多くの方々にご参列いただき、地域内にとどまらない妻の交友範囲の広さをあらためて感じているところです。

告別式では、妻の病気の経過と在宅療養について、喪主挨拶を行いました。途中、泣けてきて詰まってしまう場面もありましたが、なんとか立て直して最後までご挨拶することができました。

 本日は、皆様ご多用のところ、妻・◯◯◯の告別式にご出席いただき、またご香典、お供物等をいただきまして、まことにありがとうございます。生前、妻がたいへんお世話になりましたこと、この場をお借りして御礼を申し上げます。
 妻・◯◯◯は、心優しいだけでなく、責任感の強い人でもありました。私が◯◯を引き受けることになったとき、「私は◯◯◯◯を4期12年も務めたのだもの、あなたは2期はしなくちゃ」と発破をかけられたことを思い出します。
 また、畑や果樹園での農作業をよく手伝ってくれて、お天気の良い日など、二人で畑仕事をするのが楽しみでした。昨年5月に春の叙勲を受けることとなり、皇居にて天皇陛下に拝謁できたことをたいへん喜んでおりました。
 6月下旬、お腹がいたいと言ってかかりつけの医院を受診、◯◯◯◯病院でも消化器に異常はなく、お盆の時期には痛みのために夜も眠れない状態が続き、体重も10kgも減ってしまいました。8月下旬に山大病院に入院、9月に手術を受けましたが、お腹を開いてみると腹膜に小さながん細胞がびっしり増殖しているという状況で、「悪性腹膜中皮腫」という診断でした。山大病院でも年に1人見つかるかどうかという希少疾患だそうで、早期発見の手法はまだなく、病状が進んでからようやく発見されるのが多いとのことです。治療のほうも標準的な治療が確立されておらず、腫瘍内科に移って肺の中皮腫に実績のあるオプジーボによる免疫療法を実施することになりました。
 10月に退院したときにはだいぶ衰弱し、車椅子で帰宅して在宅療養生活が始まりました。幸いに訪問診療クリニック◯◯のドクターと、訪問看護ステーション「◯◯」の看護師さん、「◯◯◯薬局」の薬剤師さん、病人の介護に経験のあるヘルパーステーション「◯◯◯」さん等のチームワークと協力を得て少しずつ体調が上向きになり、11月には普通ご飯が食べられるようになりました。2週間に1回の山大病院通院でオプジーボ点滴の帰りに、たこ焼きを食べたりお寿司を食べたり、楽しみにしておりました。私が介添をしてトイレまで歩いて行くこともできるようになり、回復の希望が持てた時期でした。
 12月になると一進一退の状況が続き、暮れも押し詰まった頃には痛みと吐き気のジレンマで途方にくれましたが、訪問クリニックのドクターに在宅で痛み止めの点滴を自動で行う装置をセットしてもらい、なんとか乗り越えることができました。
 1月になると衰弱が目立つようになり、15日からは水が飲めなくなりました。そこから8日間、しだいに乾いてくると痛みや苦しみは感じなくなるのだそうで、最後は眠りながら安らかに息を引き取りました。看護師を通じてドクターに連絡を取り、自宅で死亡診断書を書いていただきました。救急車とパトカーのお世話になる以外に、静かな終末期医療の道があることを初めて知りました。
 昨年10月から今年の1月まで、在宅介護の4ヶ月間、妻に寄り添い、互いに心を通わせながら暮らすことができ、今は在宅を選んで本当に良かったと思っております。
 私たち家族には、これからの生活が残されております。これまでと同様に、皆様方の温かいご支援、ご指導をいただきますよう、お願い申し上げます。本日は、まことにありがとうございました。

喪主挨拶には共感していただいた方も多かったようで、「悲しい告別式だったけれど、温かさが伝わった」と参列された方から感想をいただき、良かったなあと考えている次第です。