電網郊外散歩道

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「面白い作品」と「好きな作家」

週末の朝、子どもを駅まで送り、コーヒーを飲む。先日来文春文庫で再読している宮城谷昌光の『太公望』の下巻を一気に読んだ。作者は商の受王を、残虐ではあっても英明な君主であったと位置づけ、箕子の行政政策を実行し国を富ましたとするが、そうだろうか。私は人間は多くの失敗や困難を通じて学ぶものだと思っている。実効性のある政策は時代の流れの中で多くの経験と知恵が組織されてできあがるものだろう。健やかに育った天才的な君主が、無から独創的な政策を考え付くわけではない。業績を英明な君主に帰すのは、象徴的な意味合いにすぎないだろう。私は、受王はやっぱり残虐な性向を持った暴君だと思う。

今日の朝日新聞土曜版beでは、小説をテーマに取り上げている。興味深いのは、「最近読んで最も面白かった小説」の作者と「最も好きな小説家」が必ずしも一致していないことだ。「最近いいなぁと思った歌」と「一番好きな歌い手」が一致しないことと同じなのだろうが、「好きな小説家」というのは肌合が合うか合わないかが大切なのだろう。私の場合、最近読んで面白かった作品には気宇の大きな宮城谷作品のいくつかがあがるだろう。そして、好きな小説家といえば、吉村昭とか藤沢周平などの名前があがる。君主の目で見た大きな流れは確かに面白いが、大軍の激突の影で逃げまどう庶民の運命こそ自分達の姿だ、という描きかたの方にリアリティを感じるからかもしれない。