
人間は年をとると幼い日々を過ごした土地の山や川がむしょうに懐かしくなるものだといいます。若い頃は、そんなものは年寄りの感傷であり、他愛のない一時的なものだと思っていました。
ある日、大叔父(祖父の弟)が当地ではかなり大きな賞を受賞することになりました。祝賀会のあと、主催者が帰りのタクシーを用意してくれたそうです。当時、もう80歳を過ぎていた大叔父は、名誉ある華やかな式典会場を後にして、自宅ではなく生まれ育った実家であるわが家に、ふらりと立ち寄ったのです。雑談の中で祝賀会の様子を話し、「それはよかったですね~」と実家の甥(わが父)たちに言われて、それは嬉しそうでした。
さて、帰りのタクシーはもう帰したあとでしたので、私が大叔父の自宅まで車で送ることになりました。大叔父は途中で「ちょっと止めて」と停車させ、懐かしそうに山々を見上げ、ためいきをついているのです。世間的には知られた存在であり、子どもたちも独立して夫婦二人、生活には不自由ないはずです。にもかかわらず、故郷の山々は今は亡き人々や若かった日々を思い出させ、限りなく懐かしいものなのでしょう。年老いて人が向かう先にあるものを、他愛のない、一時的なものと言ってよいのかどうか、深刻に反省させられたことでした。
自宅まで送り届け、大叔母にお茶をごちそうになって帰りましたが、なぜか忘れられない場面です。